読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「人」と「自然」を繋げたいと思った、僕の原体験について。

f:id:hidekiakiyama:20161223221852j:plain

先日受けた和歌山での研修。

三日間の研修期間では、企業理念を明確にすることができなかった。

なので、その後もずっと考えたり、自分自身の原体験に向き合っている。

そして、自分自身の原体験と向き合うことで見えてきたことがある。

 

なぜ「人」と「自然」を繋げたいのか??

 

表出してきた僕の原体験は三つ

 

田舎と都市の間で生きる葛藤を見る

父は広島の田舎出身。高校卒業後就職のために家を出た。

母は青森出身。都会好きで東京で美容師になった。

東京で知り合った父と母。その後結婚し、北海道勤務を経て広島へ。

広島では週末、母は休みが合わずに家族で田舎の実家へ行くことは多くなかった。

父の両親は田舎の人なので、嫁が一緒に帰ってこないことを良く思わなかったらしい。

田舎と都市の間で生きる葛藤を、僕はずっと見てきた。

それが原因かは分からないが、両親の仲は悪くなっていった。

広島に越してきた小学校2年生から中学校2年生までの間、両親の不仲は続いた。

中学2年生の頃、両親が離婚。

それが最良の選択だったと僕も思う。

 

どうしたら、もっと楽しく生活できるのだろうか?

どうしたら、仲良くできるのだろうか?

 

そんなことを考え続けた、少年時代だった。

 

日本が経済成長していくためには、都市でたくさんの人が働くことは必要なこと。

でも、その中で苦しんでいる人はたくさんいるのかもしれない。

 

※補足ですが、今は両親は改めて再婚し、幸せに過ごしています。

 

枠の中で生きていた少年時代

狭い世界で生きていた少年時代は、「人と違ってはいけない」という価値観に圧迫された日々だった。

いい子にしなきゃいけない。

テストではいい点を取らなければいけない。

そんな「〜しなければいけない」という枠の中で、優等生で生きてきた。

 

でも、社会に出る前の大学生の時に壁にぶち当たった。

 

コミュニケーション能力が著しく低かった。

 

接客販売のアルバイトを始めたが、お客さんに声をかけることすら最初は高い壁だった。

枠の中で優等生だった僕は「自分は出来る人間だ」と勘違いしていた。

今思うと、狭い世界で生きていたなと思う。

型にはまらず、色々な人と関わるコトが必要だと身を持って感じた学生時代だった。

大学生活を通じて、接客販売のアルバイトを続けたことによって、コミュニケーション能力の低さは、ある程度解消された。

 

家族の単位は、核家族だったり、一人暮らしだったり、どんどん小さくなっている。

 

人と関係を築けない人が、今の日本に多いのは、コミュニティが崩壊している結果なのかもしれない。

 

田舎体験をバカにされた悔しさ

会社員時代に子供達の自然体験のボランティア活動を始めた。

なぜか運命的に引き寄せられたこの活動。

自分がやりたいコトがここに眠っている気がした。

会社員を三年程経験した後、そこで知った長野県のアウトワード・バウンド協会の指導者養成プログラムに行った。

広島に戻り、活動を続けていたが、子供だけでなく、大人にとっても必要だという気持ちが芽生えた。

それは、都市と田舎の間で生きる葛藤を見て育ったから。

人と自然が離れている、都市生活者に、自然に近い田舎の暮らしを知って欲しいと感じるようになった。

その時お世話になっていた方に、田舎体験などもやってみたいと言ったところ、「そんなことは爺さんになってからやれ」と一蹴された。

「今、自分でやるしかない」と感じた瞬間だった。

 

こんな原体験の中に、僕が今の仕事をやりたいと思ったことの根っこがある。

 

ここに記すことも戸惑ったが、みんなに、僕がなぜこの仕事をしているのか知って欲しかったから、書いてみることにした。

今は、自分の軸を改めて見定めている時間。大切な時間です。

 

やると決めたからには、やり続けます。

 

 

☆募集中の冒険旅行☆

【大人向け】

【子供向け】

 

Facebook
https://www.facebook.com/hideki.akiyama.7583
お友達申請はお気軽にどうぞ!

Twitter
https://twitter.com/hideki_a
お気軽にフォローお願いします。

☆冒険旅行&冒険教育プログラムをプランニングする会社☆
(株)みらいのおとウェブサイト→http://mirai-note.com